ハッカーとの対話:ロブ・ジャンカー氏、突然の訪問者と道徳の羅針盤

ロブ・ジャンカー(Rob Juncker)氏は、Mimecastの最高製品・技術責任者(CPTO)です。自身はハッカーなのでしょうか。「間違いなくそうです」と同氏は答えます。「そして、セキュリティリーダーなら誰もが、この質問に『はい』と答えられるべきだと思います。理由はいくつもあります」

始まりは早く、両親がApple IIcを買ってきたときでした。当時10歳です。両親はワープロとして使うつもりでしたが、届いてから2日もしないうちに、同氏は本体のカバーを外し、仕組みを突き止めようとしていました。理解したいという強い好奇心に突き動かされていたのです。本人はこれを知識への渇望と表現しています。この渇望はApple IIcが届く前からありましたが、実機を触れるようになると、一気にテクノロジーへと向かいました。

当時は、10歳の子どもが手に取れる書籍や教材はほとんどありませんでした。それでも、Appleを動かしているのがソフトウェアであることは明らかでした。そこで画面上のコードを眺め、どの単語がどの動作を引き起こすのかを突き止めながら、独学でBasicを身につけました。

「気がつけば、コマンドプロンプトの前に座ってBasicでプログラムを書き始めていました。コンピューターや電子機器全般の美しさを初めて体験したのは、このときだったと思います。自分で何かを書けば、それを形にできる。そんな世界の扉が突然開いたのです。画家が初めて絵筆を渡され、目の前の紙の枠に縛られる必要はなく、自分でキャンバスを作り、その上で何ができるかを考えればいいのだと気づく。そんな感覚でした」

次に出会ったのがモデムです。当時はわずか300ボーでしたが、Appleを手にした思春期の少年にとっては魔法のようなものでした。両親がモデムを買ってくれたものの、同氏はそれでは満足できませんでした。とりわけウォーダイアラーを知ってからはそうです。その性能を存分に引き出すには、モデム専用の電話回線が必要でしたが、両親は認めてくれませんでした。

「だから、ハッカーなら誰でもやることをやりました」と同氏は語ります。ただし、当時はまだ10代になったばかりの少年だったことを思い出してください。「電話会社に電話して、自宅への回線の設置を申し込んだのです。この話の傑作なところは、工事の予定日の前に、地下室で家の周りを走り回って体温を上げ、翌日は具合が悪くて学校に行けないと親に訴えたことです。作業員が設置に来たとき、私は父が書いたことにした偽の手紙を持って、家で1人で待っていました」

偽造は難しくなかったはずです。家にはすでにワープロ代わりのコンピューターがあり、作業員には筆跡を照合する手段がありませんでした。手紙には、モデム用にノイズの少ない専用回線がほしいと書かれており、うまくいきました。少年はこうして、ソーシャルエンジニアリングを成功させる技術までハッキングの手札に加えたのです。欲しいゲームを買うお金がなく、別の方法で手に入れる必要があったことが発端でした。

少し考えてみてください。始めたのはまだ10歳のときです。Apple IIcに触れて1年のうちに、初歩的なハッキングとBasicでのコーディングを独学で身につけました。そして数年後には、複雑なソーシャルエンジニアリングを自ら設計し、実行し、成功させたのです。「事実上、最初の『ディープフェイク』をやったわけです。子どもが父親になりすまして電話回線を注文したのですから。法的な権利は何もありませんでしたが、やり遂げました」

モデムを手に入れてから、ハッキングはより本格的になりました。「正直に言います。初期の海賊版ソフトをダウンロードしていました。それが最終的にトラブルの原因になったのですが、今はもちろん、そうしたことから完全に足を洗っています」

10代になる頃には、さらに大胆になっていました。同氏は一例を挙げます。「初期のSimCityでは、プレイのたびに、赤い紙(コピーできないように赤にしてありました)に記載された都市の人口を入力させられました。私は別のハッカーと組んで、こうした制御を回避する方法を探していました。コード、特にアセンブリを扱う作業です。正直に言えば、問題を解いたのは私ではなく、仲間の1人でした。それでも、当時私が取り組んでいたことの一例ではあります」

10代前半のある日、いわゆる「ドアをノックする音」とともにトラブルがやって来ました。

「ある日、米国の法執行機関の関係者が家を訪れ、呼び鈴が鳴りました。母が応対し、『ご家族とお話をする必要があります。こちらで、電話回線への盗聴、あるいは特定のサービスへの不正アクセスにつながりかねない活動があったと把握しています』という声が聞こえました。確かにその通りでした。私は試みていたのです。成功はしていませんでしたが、試みてはいました」

母親は「いいえ、そんなはずはありません」と答えましたが、その直後、はっと気づいた様子が見て取れたといいます。「ロブ!」と呼ばれ、家族で腰を下ろして話し合いました。

「結論から言うと、2本目の電話回線を失い、活動を控えざるを得なくなりました。警告も受けました。あの時点で警告を受けられたことには感謝しています。そのまま進んでいたら、警告だけでは済まなかったと思うからです。私にとって転機になりました」

刑務所行きの可能性を突きつけられて、同氏の意識は一瞬で切り替わりました。自分のやっていることを改める必要があると悟った瞬間でした。 

とはいえ、これは同氏の物語の半分にすぎません。のちに大学へ進むと、テクノロジーとコンピューターについて学び続けたいと考える一方で、経済学も学ぶことにしました。「コンピューターサイエンスと経済学を掛け合わせると、地球上で最も退屈なオタクが出来上がります」と同氏は冗談めかして振り返ります。

一方で、コンピューターの技術を悪用しないよう警告を受けた同氏は、他方で、新たに学び始めた経済学を通じて、その技術の別の使い道を見いだしました。コンピューターを攻撃するのではなく、守る仕事なら、正当でしかも報酬の高いキャリアを築けると気づいたのです。

「経済学を通じて学んだのは、ソフトウェアで十分な収入を得ながら、コンピューティングで素晴らしいことができるということです。ここでも画家の例えに戻りましょう。ハッカーの好奇心は、芸術家のそれと変わらないと私は考えています。ハッカーの中の芸術家は、新しい絵を描きたいのではありません。絵を描くための新しいキャンバスを作りたいのです」

同氏は、好奇心によってコンピューターが可能性の限界を押し広げていく、この真新しい「可能性のキャンバス」に描くことで頭角を現しました。「私が業界にもたらしたものがあるとすれば、今のやり方が必ずしも正しいやり方ではなく、単にこれまでそうしてきただけではないのか、と問い直す姿勢だと思います。グレース・ホッパーの言葉が大好きです。『言葉の中で最も危険なのは、「これまでずっとこうやってきた」という一言だ』というものです」

法的な脅威と、ビジネスにおけるコンピューティングの経済的な側面への理解が重なり、同氏の人生は幼少期から180度の方向転換を遂げました。テクノロジーに夢中になり、Basicのプログラミングを独学で習得し、10歳でハッキングを始めた少年は、大学でコンピューターサイエンスと経済学を学びます。そして経済学を通じて、悪意あるハッキングだけが自分のスキルの使い道ではないと知ったのです。 

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20代前半には、3つ目の要因が現れました。健康上の問題を抱え、人生で何を望むのかを自問するようになったのです。「健康問題と向き合う中で、自分に問いかけました。『自分を定義するものは何か。この世界に何を遺したいのか』と」。その答えは、言葉にするのは簡単でも、実行するのは難しいものでした。「世界を少しでも良い場所にして遺したい、と心から思ったのです」 

健康問題をきっかけに、道徳の羅針盤が姿を現しました。おそらく以前から備わっていて(若い頃に刑務所行きをぎりぎりで免れたのは、その羅針盤がひそかに働いていたからだと同氏は考えています)、ただ、はっきり意識したのはこのときでした。多くの人が生まれながらに持っている、善悪を自然に理解し、正しいことを選びたいと思う感覚です。同氏の羅針盤では、道徳が揺るぎない北極星となりました。

「その北極星が、これまでに学んだすべてと身につけたスキルを生かして組織を守り、世界を少しでも安全にできる場所へ導いてくれました」。システムを攻撃する方法を知っていたことが、守る方法の理解につながり、同氏はその道でキャリアを築いてきました。

同氏は、VMware、LANDesk、Ivantiで研究開発およびエンジニアリングの上級職を歴任した後、2017年にCode42に入社しました。2020年にCode42の最高技術責任者(CTO)に就任し、2024年7月に同社がMimecastに買収されたのに伴ってMimecastへ移りました。

10歳のときに学び始めたすべて(ソフトウェア、テクノロジー、セキュリティ)は、現在のMimecastの最高製品・技術責任者という役職の中で、ひとつに結実しています。 

翻訳元: https://www.securityweek.com/hacker-conversations-rob-juncker-a-knock-at-the-door-and-a-moral-compass/

本記事は securityweek.com の記事を翻訳・要約したものです。