攻撃者は、従業員の身元暴露(ドキシング)や家族への脅迫、AIシステムの悪用によって、企業の枠を超えて圧力をかけ、身代金の支払いを迫っています。
ランサムウェア攻撃者は、企業システムの暗号化や窃取データの公開予告にとどまらず、攻撃手法を拡大しています。攻撃へのAI活用が増えているほか、企業自身のAIシステムを悪用し、さらには従業員やその家族を脅すという物理的な威嚇まで用いて、身代金の支払いを迫っています。
Semperisの「2026 Ransomware Risk Report」によると、調査対象となったランサムウェア被害者の84%がAIを利用した攻撃を受け、87%がID基盤を狙った攻撃を経験しました。また、攻撃者が技術を悪用するだけでなく、標的とつながりのある人々にまで圧力を広げている実態も明らかになりました。
回答者の41%が身体的または心理的な威嚇を受けたと答え、37%が従業員の友人や家族が脅迫されたと回答しています。この調査は2026年上半期に実施され、9カ国の1,200人のITおよびセキュリティ担当者が対象です。金融、医療、製造、重要インフラ、政府など8業種にまたがっています。
企業ネットワークを超えて広がる恐喝
ランサムウェアは当初、ファイルを暗号化して復号鍵と引き換えに支払いを要求する手口に頼っていました。組織がバックアップや復旧システムによって回復する能力を高めるにつれ、攻撃者は暗号化にデータ窃取を組み合わせ、盗んだ情報の暴露や売却を示唆して脅す「二重恐喝」を多用するようになっています。
そして今、攻撃者は個人への威嚇を手口に加えています。脅迫的なテキストメッセージや手紙、荷物の送付、家族や友人への脅迫、住居などへの侵入、拉致、傷害、つきまといなどです。
報告書によると、回答者の25%が、従業員や家族が本人の同意なく身元をオンラインで暴露される「ドキシング」の被害に遭ったと答えました。23%はスワッティングを報告しています。これは偽の緊急通報によって警察を被害者の所在地へ出動させ、嫌がらせをする行為です。約25%は、従業員やその家族が医療的または心理的な治療を必要としたと回答し、24%は追加の警備要員を雇ったと答えました。さらに約14%は、転職や勤務地の変更、転居を余儀なくされています。
米国の元国家サイバー長官で、Semperisの戦略アドバイザーを務めるChris Inglis氏は、報告書で次のように指摘しています。「企業の従業員を会社の外まで標的にする脅迫は、これまでにない新たな現象です。従業員は職場で目の前の業務に集中できなくなります。仕事から私生活へと境界を越えてきた脅威から、自分自身と大切な人をどう守るかを考えなければならなくなるのです」
組織は、金銭的損失を受け入れ、身代金を拒否したうえでサーバーを復旧させる判断をすることもあり得ます。しかし、従業員の配偶者や子どもに危害を加えるという脅しは、関わる人が事業体だけにとどまらないため、意思決定にさらなる圧力をかけます。
Primus PartnersのマネージングディレクターでCEOのDevroop Dhar氏は、次のように述べています。「攻撃者は、すでに入手可能な情報や、過去にどこかで漏えいした情報を使い、従業員の私生活の全体像を組み立てようとします。ソーシャルメディアのアカウントや職業用ネットワークに投稿された公開情報、データブローカーのデータベース、過去に漏えいした情報、さらには攻撃対象企業のネットワーク内にある情報まで使われる可能性があります。AIは、こうした情報の突き合わせを加速し、個人に合わせた脅迫を作り出す助けになります」
企業のAIを悪用
企業がAIエージェントを社内データやアプリケーション、IDシステムに接続するにつれ、こうしたツールは新たな攻撃対象領域にもなりつつあります。Semperisによると、回答者の44%が、自社のAIエージェントやAIシステムの操作を伴う攻撃を経験しました。
SemperisのAVP of Crisis ManagementであるCourtney Guss氏は、AIエージェントを導入する企業は、いずれそのエージェントがIDシステムを侵害しようとする事態を想定すべきだと述べます。たとえそれが悪意のある行動ではなくてもです。同氏はこう付け加えました。「AIエージェントは通常、与えられたタスクをあらゆる手段で達成しようとします。環境内でより多くの操作を行えるようになる方法の一つが、他のシステムへの権限を得ることです。その権限を得る最短経路はIDシステムの侵害であり、これによってエージェントは事実上『神モード』に入り、タスク遂行に必要なあらゆる権限を自ら付与できるようになります。残念ながら、そうなったエージェントは時限爆弾と化します」
Dhar氏は、攻撃者がAIを使って偵察、ソーシャルエンジニアリングの個別化、情報処理の高速化を進められると指摘しました。さらに、防御の弱いAIエージェントは、攻撃者がシステムに侵入する別の入り口にもなります。多くの場合、AIは攻撃を加速させる道具であり、AI単独で攻撃を成立させるわけではありません。組織が暗号化されたデータの復旧能力を高める一方で、攻撃者は人や組織の弱点を突く手口をいっそう攻撃的にしています。
セキュリティの隙間を埋める
変化する脅威の状況は、既存のセキュリティ対策やインシデント対応計画が、AIシステムを悪用し従業員の私生活にまで及ぶ攻撃に対処できるのかという疑問を投げかけています。専門家は、CSO(最高セキュリティ責任者)がIDセキュリティに注力し、復旧のテストを行い、AIシステムへのアクセスを制限すべきだと提言しています。具体的には、特権アカウントに対するフィッシング耐性の高い強固な二要素認証、最小権限の原則、IDシステムの安全なバックアップ、復元テストの実施を確実にする必要があります。
Dhar氏はさらにこう述べています。「組織が使うAIエージェントには、明確な責任者と限定された権限を持たせるべきです。優先度の高い操作はすべて、人間の承認を必要とするようにします。また、組織は従業員の機微な個人情報の保持やアクセスも最小限に抑えるべきです」
従業員の家族が攻撃を受けた場合に備え、従業員が威嚇を報告できる秘匿性の高い窓口を用意する必要があります。人事、法務、サイバーセキュリティ、企業セキュリティの各チームは、法執行機関へ案件をいつ、どのようにエスカレーションするかを把握しておくべきです。机上演習でも、IDシステムの侵害、データ漏えいの脅迫、従業員の家族への脅迫を含むシナリオを想定する必要があります。