サイバーセキュリティ分野におけるAI活用の拡大がもたらす最も危険な結果の一つが、「知識ゼロの脅威アクター(Zero-Knowledge Threat Actor)」の台頭です。これは、技術的な専門知識はほとんど持たないものの、十分な悪意を持った攻撃者を指します。こうしたアクターはAIを駆使することで、限られたスキルを実用的な攻撃能力へと変換できます。悪意のあるコードの生成、脆弱性の悪用、攻撃手順の設計、実行のガイダンスなどが、AIによって可能になっています。
AIが変えた攻撃の本質
AIはサイバー犯罪の従来の目的を変えたわけではありません。認証情報の窃取、脆弱性の悪用、特権アクセスの取得、機密データの窃盗、業務の妨害、事業継続性への打撃——こうした目標は以前と変わりません。変わったのは、発見のスピード、能力の民主化、そして攻撃の加速です。
AIはソフトウェアに潜む脆弱性を発見しやすくしています。AIを活用したツールは、脆弱性の発見と悪用のスピードおよび件数を増加させています。また、Verizonの「2026年版データ侵害調査報告書(PDF)」によれば、脆弱性の悪用は侵害における初期侵入ベクターとして首位に躍り出ており、インシデント全体の31%を占めています。AIはまた、専門知識の有無に関わらず、より多くの人々が攻撃に参加できる環境を整え、攻撃準備期間を短縮し、より多くのターゲット・環境・防御応答に合わせて攻撃キャンペーンを迅速に適応させることを容易にしています。
広がる「知識ゼロ」アクターの活動範囲
AIは攻撃者がマルウェアを生成し、悪意のあるペイロードを作成し、簡単なセキュリティチェックを回避し、漠然とした悪意を機能するコードへと変換するのを支援できます。こうした能力はもはや推測の域を出た現実です。
しかしAIの進化に伴い、新たなリスクも登場しています。AIは現在、ターゲット分析、偵察、脆弱性の洗い出し、攻撃ベクターの選択、ソーシャルエンジニアリング、エクスプロイトの改変、そして多段階のオーケストレーションによるキルチェーン各要素の統合まで支援できるようになっています。
これにより能力の基準値が底上げされており、組織は今や、深い技術的知識を持たなくてもAIを使って多くのステップを計画し、より多くの選択肢を試し、これまでは不可能だった攻撃を実行できる敵対者から身を守らなければならない状況に置かれています。
ターゲットの選定、インフラの管理、アクセスを実被害へと転換する作業には引き続き人間の判断が関与していますが、必要とされる専門知識のハードルは明らかに下がっています。
「知識ゼロ」攻撃者にとっての格好の入口
大企業は攻撃者の標的になりやすい一方で、中小組織は「知識ゼロの脅威アクター」による攻撃に特に狙われやすいと言えます。パッチ適用文化の欠如、限られた監視ツール、大規模なセキュリティチームの不在、インシデント対応の遅れ——こうしたセキュリティ上の弱点が、中小組織を格好のターゲットにしています。
さらにこうした中小組織は、より大きなビジネスエコシステムの一部でもあります。サプライチェーンの重要な担い手として、ソフトウェアプロバイダー、マネージドサービスパートナー、物流業者などの役割を果たしています。「知識ゼロの脅威アクター」にとって、中小組織はより大きな組織への足がかりとなる入口として、自然な最初の標的に映ります。
縮小する開示の猶予期間
「ゼロデイ」とは、ベンダーのパッチが存在しない状態で公に悪用される脆弱性を指します。協調的な脆弱性開示は、研究者がベンダーに特定の欠陥を非公開で通知した瞬間から始まります。最初の通知から公開開示までの間には、脆弱性の検証、深刻度の評価、パッチの作成、関係者との調整、そしてユーザーがパッチを適用するための十分な時間の確保という、体系的なプロセスが存在します。
組織ごとに責任ある開示のタイムラインは異なりますが、そのタイムラインいかんに関わらず、「知識ゼロの脅威アクター」が開示の猶予期間に多大な圧力をかけていることは疑いの余地がありません。AIを活用したこうしたアクターは、脆弱性を素早く発見するだけでなく、より速く悪用することもできます。そのため、セキュリティチームは迅速に行動しなければなりません。従来あった余裕の時間は消えつつあり、それが責任ある開示のあり方にも影響を与えています。
「知識ゼロの脅威アクター」への対応策
「知識ゼロの脅威アクター」に対処するためにまずすべきことは、彼らを軽視しないことです。AIのサポートを得た彼らは、非常に危険で予測不可能な存在になっています。これを防御態勢の出発点とした上で、以下の対策が有効です。
- 従業員への啓発:AIを利用したフィッシングメッセージ、なりすまし、ソーシャルエンジニアリングに焦点を当てたセキュリティ意識向上トレーニングを実施してください。AI生成のフィッシング攻撃を模したリアルなシミュレーションに従業員をさらし、高度にパーソナライズされたメッセージも安易に信用しないよう習慣付けることが重要です。
- レッドチーミング:AIシステムは、悪意あるプロンプト、ジェイルブレイク、あらゆる種類の悪用シナリオに対してテストされなければなりません。攻撃者がAIシステムを探索するためにAIを活用する能力を高めている中、テストによってAIシステムが操作されたり機密情報を露出させられたりしないかを確認することが不可欠です。
- エンドツーエンドの可視性:「知識ゼロの脅威アクター」はAIを駆使して様々な攻撃経路を試し、攻撃に変化をつけ、ユーザー・デバイス・クラウドサービス・アプリケーション・ネットワークを素早く横断することが知られています。断片化したセキュリティツールを使用すると、シグナルが複数のシステムに分散してしまい、攻撃の検出が困難になります。SASEのような統合セキュリティアーキテクチャが、環境全体にわたる不審なアクティビティの監視・検出・分析において有効な選択肢です。
- パッチ適用の迅速化:脆弱性の発見が加速する中、修正対応も加速させる必要があります。パッチ適用は「知識ゼロの脅威アクター」に対する過小評価されがちな最前線の防御手段です。組織は重要なシステム、外部に公開されているアプリケーション、広く使用されているソフトウェアを常に最新の状態に保つべきです。既知の脆弱性を放置して、攻撃者に利用の機会を与えないようにしてください。
- インシデント対応の計画化:セキュリティ態勢は常に攻撃に備えた状態であるべきです。テーブルトップ演習でインシデント対応を繰り返し訓練し、エスカレーションパスを明確に定め、復旧テストに重点を置いてください。これにより、組織のサイバーセキュリティ態勢にレジリエンスを組み込むことができます。
- セキュリティフレームワークの活用:AI特有のリスク領域に対処するため、認知されたAIセキュリティフレームワークを採用してください。MITRE ATLASは、機械学習システムを標的とした敵対的戦術のマッピングを支援します。組織がLLMベースのツールを開発・展開している場合、「OWASP Top 10 for LLM Applications」は必須です。GoogleのSecure AI Framework(SAIF)は、AI開発ライフサイクルにセキュリティを組み込むための原則を提供しています。
まとめ
AIがすべての攻撃者を高度化させたわけではありませんが、低スキルの攻撃者の能力を飛躍的に向上させたことは確かです。セキュリティチームに求められる答えはパニックではなく、より鋭い可視性、より迅速な行動、そして実践を積んだ対応力です。これにより組織は、「知識ゼロの脅威アクター」に対して、後手に回って対応に奔走するのではなく、先手を打って対処できるようになります。
翻訳元: https://www.securityweek.com/the-zero-knowledge-threat-actor-and-the-end-of-responsible-disclosure/